「僕は、そして僕たちはどう生きるか」(梨木香歩)①

考え続けなければならないのです その1

「僕は、そして僕たちはどう生きるか」
(梨木香歩)岩波現代文庫

「コペル」と呼ばれる十四歳の僕。
ある朝、コペルは
染織家の叔父ノボちゃんとともに、
不登校の親友ユージンに
会いに行く。
ユージンの従姉ショウコが加わり、
ユージンの家でのかけがえのない
一日の物語が始まる…。

表題と主人公名から判るように、
本書は吉野源三郎の名著
「君たちはどう生きるか」を意識し、
現代社会に横たわる諸問題を、
読み手とともに
考えようというものです。

考えさせられました。
考えなければならない問題点が
数多く含まれています。
「戦争と兵役」「自然と開発」
「命の教育のあり方」「集団と個」…。
読み進めるうち、
自らの回答の提示を
求められている気分になり、
ページをめくる手を
何度止めたことでしょう。
自分自身と対峙するようなこの感覚は、
主人公のコペルと
同様のものなのだと思います。

ショウコはこの家の庭に
インジャと呼ぶべき少女を
かくまっていることをあかします。
そしてユージンは
学校に行くのをやめた経緯を
語り始めます。
そのすべてはコペルの心に
重くのしかかっていくのです。

打ちひしがれたコペルに
インジャは語りかけます。
「…泣いたら、だめだ。
考え続けられなくなるから」。
そうなのです。
本書のテーマは
まさにこの一言に尽きます。
私たちの身のまわりの問題について、
考えなければ…、いや、
考え続けなければならないのです。

前述した問題点について、
本作品中で作者は
自身の意見を述べていません。
いくつかの視点から
複数の考え方を提示するだけに
とどまっています。
例えば、
「戦争と兵役」の問題については、
真っ向から戦争を
否定すること以外に、
兵役の義務が法制化されたときに
「良心的兵役拒否」の制度を
盛り込む選択肢のあることを
示しています。

ユージンが語った一言。
「あれよあれよという間に
事が決まっていく」。
ここ数年の日本は、
まさにそうした状況に
置かれているのではないでしょうか。
集団的自衛権にかかわる閣議決定は、
本来権力を規制するために
存在する「憲法」を
なし崩しにしながら、私たちを
取り込んでいこうとしています。
この国に住む一人として、
考えなければならないことが
数多くあることに気付かされました。

ぜひ、義務教育を終えようとしている
中学校3年生、そして高校生に
読んでほしいと思う一冊です。

※これまでの梨木作品を
 単なるファンタジー小説・娯楽小説と
 受け止めてきた人たちには
 お薦めできません。
 「読まなければ良かった」と
 後悔する可能性が大です。
 これまで梨木作品に登場する
 「異なもの」は現れず、
 かわりにこれまで梨木作品の
 行間に潜んでいた
 「現代日本への警鐘」のようなものが
 色濃く鮮明に表出している作品だと
 私は考えます。

(2019.6.6)

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